アラ還原付日記(仮)

カブに乗ったらこうだった! 制限時速30kmで考えるアラ還からの生活。文学フリマ東京に出品する『アラ還原付日記(仮)』の試し読みブログです。

episode 010 名前をつけて可愛がる ~納車翌日

★アラ還原付日記(仮)その1「崖っぷちペーパー原付ライダー、スーパーカブに乗る」の一部をご紹介しています★

 

2019年9月24日(火)
起きたら腕が筋肉痛だった。どんだけ力一杯グリップを握ってたのか。
夕方、家の周りで少し練習。止めたらNは鉄則。
カースペースには意図した位置に入れられるようになった。

お前のものはオレのもの

原付を買おうと思い立った時、危惧したことがいくつかあった。
事故、などという、誰でも怖れるに決まっていることは別格として。
少なくないお金と労力を注ぎ込んでやっと手に入れたのに、結局、短時日のうちに乗らなくなってしまうこと、とか。
自分のために買ったのに、結局、息子に取られてしまうこと、とか。

大学最初の春休みに教習所へ通い始めた息子は、私のカブ購入に先立つこと3ヵ月ほど前、普通免許を取得していた。
普通免許があれば、私のようにひーこら実技講習を受けなくても、50cc以下の原付に乗ることができる。
「車が欲しい」とまで言い出す気概はなく、額に汗してバイトして中古でもいいから手に入れてやるという根性も(今のところ)ない。そんな息子の目の前に、労せずして原付が降ってきたらどうなるか。

「ちょっと乗ってみてもいい?」
 ↓
「ちょっと借りていい?」
 ↓
「明日借りていい?」
 ↓
「今日借りていい?」
 ↓
「今日借りるわ」
 ↓
「借りてたわ」
 ↓
「…………」(終始無言)(平然)

となるのはだいたい既定路線ではないだろうか。

ダダダ ヨロヨロ どーん

実のところ、それでもいいと思っていた。
後期の授業が始まれば毎日家にいるわけじゃなし。平日は私、週末は息子と住み分ければ、競合はしない。
万一、私が、「あーやっぱり原付怖いわ、電チャリで十分だわ」ということで早々に撤退しても、息子が乗ってくれるならカブも浮かばれる。
むしろそれを織り込んで、ヘルメットもグローブも、息子に貸すこと前提で選んだくらいなのだ。

それで、納車翌日、家の周辺をひとしきり回ってきたあと、水を向けてみた。

「乗ってみる?」

息子はうなずき、まだ使ったことのない運転免許証をポケットにしまい込んで、ヘルメットとグローブを装着した。
そして、まず、カースペースの出口に立ち、道を見渡した。
うゎぁ。教習所で修業してきた人は違うわ。そうだな、子どもが歩いてるかもしれないし、配送の車が停まってるかもしれない。この発想はなかった。私は自分が乗ることばっかり考えて、安全確認もせずいきなりカブを公道に引きずり出していた。
ちなみに教習所では、車の下に猫がいないかまで確認するよう教えられたそうである。猫。考えたこともなかった。

それに比べれば、私が息子に教えられるのは、これがスタータースイッチでこれがブレーキで……くらいのものだ。
息子を乗せてカブはダダダと走り始めた。
そして、ヨロヨロと蛇行し、数軒先の駐車場の金網フェンスに突っ込みかけてかろうじて止まった。

「オレ、二輪はいいや。タイヤが4つあるやつがいい」

……そ、そうか。
それがよさそうだな……。

命名 ミドリ

というわけで、半ば危惧し半ば期待していた息子とのカブ共有路線はあっさりと消えた。
ま、親子といえども趣味嗜好は別。君は君で、いつの日か自由にハンドルを取って旅立つがいいさ。

「じゃあ」

って、何がじゃあなんだかわからないけど私は息子に言った。

「じゃあ、この原付に名前をつけてくれない?」

うーん、と息子は無理難題をふっかけられたような顔をしていたが、まもなく、

「ミドリ」

と答えた。

そうね。緑だから。わかりやすい。

思えば夫と私も息子に名前をつけて可愛がってきたのだ。20年間。
私が原付を欲しいと思った小さな理由のひとつには、もしかしたら、息子がもうかなりのところまで育ったから、というのもあったかもしれない。
名前をつけて可愛がる新しい対象がカブだったのだ。

かくてマイカブはこの日からミドリとなった。
末長く一緒に旅をしよう。
とはいっても、こっちはアラ還だからなぁ。「末」はそんなに先じゃない。事故に気をつけ体に気をつけ、安全第一を肝に銘じるのみ。