アラ還原付日記(仮)

カブに乗ったらこうだった! 制限時速30kmで考えるアラ還からの生活。文学フリマ東京に出品する『アラ還原付日記(仮)』の試し読みブログです。

episode 051 玉子サンドを求めてハンドサインをもらう

★アラ還原付日記(仮)その3「明日の旅へカブで行く」の一部をご紹介しています★

2022年6月30日(木)
3度目のチャレンジで玉子サンドをゲット。

噂の玉子サンドを求めて

まだ6月というのに生きてるだけでやっとの暑さだった。

Twitterに流れていた話だが、ここ数日でバイクショップへ修理に持ち込まれる車輌、みんな同じところが壊れているという。信号待ちしている間に、暑さのあまり気を失い、転倒して壊れたから。真偽のほどはわからないけど、作り話だとしても秀逸だ。この殺人的猛暑を実にリアルに表現している。

そんな暑さの中、私はヤマモトヤの玉子サンドが食べてみたくて、折りをみては出撃していた。

説明しよう。それは厚木市内の国道沿いにあるサンドイッチの無人販売所で、とりわけ玉子サンドが名物なのだ。
補充時間を狙いすましてお客さんが集まり、あっという間に売り切れると伝えられる人気商品。店主の方が四十有余年にわたり研究を重ね、今なお進化の途上にあるという、奇跡のような玉子サンドだそうである。

ちょっと前までなら、車がないと無理、と諦めていたような場所なのだが、今の私にはミドリがある。争奪戦に敗れ、手ぶらで帰るはめになっても、ミドリに乗って行くことそのものを楽しめばいい。

息子が就職して以来、昼ご飯、夜ご飯は自分のことだけ考えればいい日が増えた。
ゴールデンウィーク明けには3回目のコロナワクチン接種も受け、少しは安心して出歩ける。
今こそ買いに行くんだ、奇跡の玉子サンドを。
ということで、例によってライトマップルとGoogleストリートビューで道順をよくよく予習し、初めて出かけてみたのが5月の半ば過ぎ。

国道からちょっと入った、畑の残る住宅地の一角に「玉子サンド研究所」という黄色い建物がある。その庭先に、黄色い屋根付きブースが並んでいて、それぞれに冷蔵庫が収まっている。その中から欲しい商品を取り出し、黄色い料金箱にお金を入れていく。それが無人販売所のシステムだった。
車で、バイクで、4、5人の先客が買い物中だった。1台車が出て行けばすぐまた1台入ってきて、本当に引きも切らずという感じ。

玉子サンドの冷蔵庫は空っぽだった。
まあ……そうだろうね。これほど人気なら。

他の冷蔵庫にとん漬かつサンドというのがまだあったのでそれを買って帰った。
分厚いかつがパンからはみ出てはち切れそうなサンドイッチ。食べてみると見た目以上のボリューム、だが市販品にしては薄味すぎるほどのあっさりした味付けと肉の品質の良さでさわやかに完食できる。
おいしかった。まあいいか、これだけおいしいかつサンドが食べられたから。それが最初のチャレンジであった。

幸せのハンドサイン

次のチャレンジは1ヵ月後の6月半ば過ぎ。すでに連日の夏日真夏日だった。しかもその日は暑いうえに朝からどんより雲がたれこめ、はっきりしないお天気。やっと日が射してきて、出かけられる見通しが立った時はもう夕方近かった。

前回の敗因は明らかだった。商品の補充時間を見極めるという基本的戦略をおろそかにしたからだ。争奪戦なんていうのはもののたとえであって、商品が補充されるや否やお客さん同士が力ずくの奪い合いを繰り広げるわけではなかろう。私は自分の分が1個あればいいのだ。いくら何でもそれくらいはいつだって買えるんじゃ、と甘く見ていたら、そうはいかなかったのである。
そこで、販売所に張り出された最新情報(※2022年5月時点)をしっかり確かめてきた。最後の補充時間は午後5時30分。そこを外さずに行くというのが今回の戦略であった。

だが私は油断していた。ガソリンの残量がだいぶ心許なくなっていたのだ。ただでさえ夕方近くまで出かけそびれていたのに、給油に寄っていてはとうてい補充時間には間に合わない。さりとて給油に寄らなければ、ずっとガス欠の不安を抱えて走らなければならない。まさに油断。

今日は諦めるか。そう思いかけたが、こういうことってタイミングが大事。行く気になってる時に行かないとまたいつになるかわからない。これから暑くなる一方だし。少々遅れても、行けば買える可能性もゼロではない。行かなければ確実にゼロだ。
行くことにした。

急がば回れということで、ちょっと遠回りになるけどよく行く慣れたガソリンスタンドで給油した。
焦って遅れを取り戻そうとしちゃいけない。迷走のもと、事故のもとだ。幸い道は2度目だし、そんなにむずかしくもなかった。国道に出てしまえば直進あるのみなので、そこまでの道順さえ冷静にたどればほぼつまずく要因がない。

ここを曲がれば国道との交差点まで一直線、という角を曲がってすぐだった。
反対車線を二人乗りのバイクが走ってきた。
すれ違いざま、二人揃ってチョキを出してきた。

え……ピース?
私に?

とっさに頭の上まで手を上げチョキを返す。
目の端にでも入れてもらえたかしらん。

業界では「ヤエー」っていうらしいですね。ライダー同士の挨拶代わりのハンドサイン。
いや、でも、そんなの、北海道一周ツーリングとかで大きいバイクの人同士がするものだと思っていたよ。まさか街なかで、50ccの原付にしてくれる人がいるとは。向こうもそんなに大きいバイクじゃない、原付二種(51cc~125cc)くらいの感じでしたが。
友達と二人乗りで、ハイになってたのかな?
それでハイになるようなお年頃なら、二人足しても私のほうがまだ年上かもしれないぞ。けど嬉しかったよ、ありがとう。二人にいいことがありますように。私にもありますように……。

玉子サンドの冷蔵庫は空っぽだった。
正確には、「冷蔵庫修理の為本日は手売り販売のみです」との張り紙が張ってあった。
あたりを見回しても、どこかに手売り販売所が設けられている様子はない。研究所の建物にも人の気配はなく、お客さんの姿もない。
はあ……きっとあれだ。補充時間と同時に手売りが開始され、もう撤収してしまったんだ。
まあいいか、途中でハンドサインもらえたから。
それが2度目のチャレンジであった。

至福の夕食

そして3度目のチャレンジが、6月末日。すでに連日の真夏日猛暑日だった。
過去2回のチャレンジで学習した。とにかく自分の側でできる努力は補充時間に遅れないこと、それがすべてだ。運は努力した者にめぐって来る。努力もせずに運良く買えることを夢見ていても未来は開けない。

午後5時30分に現地に着いた。
買えた。

和えた玉子がパンからはみ出てはち切れそうなサンドイッチ。それが三切れ、パックケースに詰められビニール袋に包まれている。ラベルには可愛いゆで卵のイラストとともに「恋人は玉子サンドと言っておく 47年作り続けたたまごさんど ヤマモトヤ」の文字。

ついに買えたよ、ミドリ。
シートに載せて四方八方から記念写真を撮った。そうやってみるとまたボリューム感がよくわかる。比べるのもあれだが、コンビニのサンドイッチなどを同じように撮ってもとても小さくて軽そうだ。ヤマモトヤの玉子サンドはみっしりと重そうだ。

帰って玉子サンドをお皿に移し、サラダを添えて夕食にした。
一切れ一切れがずっしり重かった。
調味料の人工的な味はまったく感じられず、がっつり玉子が主役。家庭ではついけちけちしてしまってサンドイッチにこれだけの玉子は使えない。本当の違いはそういうことじゃないと思うけど。作り続けて47年。47年分の何かだ。

いやー。至福。3往復した甲斐があった。
そして、初回チャレンジで買えていたらできなかった経験もできてよかった。