2026.5.4. 文学フリマ東京42に出店しました。

アラ還から始めた原付ライフ、2度目の宿泊旅の顛末を『号外!アラ還原付日記(仮)2026 楽しい時の神頼み』にまとめ、5月4日(月祝)、文学フリマ東京42に出店してまいりました。
GWたけなわの1日を費やしてご来場くださった方、お手に取ってくださった方、お買い上げくださった方、ありがとうございました。
『アラ還原付日記(仮)その1 崖っぷちペーパー原付ライダー、スーパーカブに乗る』を携え、文学フリマ東京35に初出店して4年目。
刊行点数も号外、小説とりまぜて9点を数え、どうやって並べたら見やすいか毎回が試行錯誤になってきました。
次回、11月8日(日)開催予定の文学フリマ東京43には、通算10点目、日常の原付ライフ7年目の記録となる『アラ還原付日記(仮)その7』を持参いたします。出店は申し込み済みです。設営もいろいろ工夫してみますので見に来てくださいね。
そして、文学フリマ以外の同人誌/ZINEイベントにも参加してみたいと考え中です。
まだ何も決まっていませんが、実現にこぎつけましたらここでまたお知らせしますので、どうぞよろしくお願いいたします。
2026年5月8日
2026.5.4. 文学フリマ東京42に出店します。

来る5月4日(月祝)、東京ビッグサイト南1-4ホールにて開催される
文学フリマ東京42に出店します。
bunfree.net
新刊『号外!アラ還原付日記(仮)2026 楽しい時の神頼み』を持参いたします。
この3月、片道100kmの道のりを50ccのカブでひたすらトコトコ走って
バイク神社にお参りした顛末記です。
旅の概要は...
期間 2026年3月11日(水)-12日(木)
交通手段 スーパーカブ50
宿泊 快活CLUB 甲府上阿原店
旅の目的
バイク神社(差出磯大嶽山神社)にお参りをする。
ネットカフェで一夜を明かしてみる。
足湯で身も心も温まる。
登場人物
私:筆者、青夏。神奈川県在住。
アラ還から原付に乗り始め、2026年3月現在7年目。
ミドリ:スーパーカブ50。青夏を乗せて走る。
名前の由来は車体の色から。
神社、ネットカフェ、道の駅、ガソリンスタンド、スーパー、コンビニ等、行く先々でお世話になった皆様。
★A5 44ページ 300円
文学フリマ Web カタログもご覧ください。
c.bunfree.net
ほか、
日常の原付ライフを1年ごとにまとめた
『アラ還原付日記(仮)』シリーズ(その1~その6)、
昨年の号外『房総迷走カブの旅』、
小説集『The Cub Stories カブに乗って書いてみた小説集 その1』も
並べます。
この機会に立ち読みだけでもしていただけると嬉しいです。
5月4日(月祝)12:00~17:00
東京ビッグサイト南1-4ホール
た-15(南3、4ホール)
出店名:アラ還原付日記 にて
ご来場をお待ち申し上げます。
よろしくお願いいたします。
青夏
2025.11.23. 文学フリマ東京41に出店しました。

アラ還から始めた原付ライフ、6年目の記録を『アラ還原付日記(仮)その6 50cc LOVERS FOREVER』にまとめ、11月23日(日祝)、文学フリマ東京41に出店してまいりました。
ご来場くださった方、拙ブースにお立ち寄りくださった方、お買い上げくださった方、ありがとうございました。
3連休の中日ってどうなんだろう? みんな泊まりがけで遊びに行くとか、土日だけではできない計画を立てていて、出足も鈍るんじゃ……と密かに気をもんでいたらとんでもなくて、一般来場者数+出店者数合わせて1万8千余人と、過去最高を更新したそうです。
もう、東京ビッグサイトより大きい会場はないと思うんですけど、どこまで行くのか文学フリマ東京。
次回、文学フリマ東京42も東京ビッグサイト南1-4ホールとのことです。
出店は申し込み済み。カブに乗って行ってみたいところがあるので、ぜひ実現させ、その道中記を号外にまとめようと計画中です。
開催予定は2026年5月4日、ゴールデンウィークたけなわの頃。
どうか文学フリマ東京を予定表に入れておいていただけますように。
よろしくお願いいたします。
2025年11月25日
episode 089 あじさいまつりへ三人旅

★アラ還原付日記(仮)その6「50cc LOVERS FOREVER」の一部をご紹介しています★
2025年6月12日(木)
あじさいまつり@開成町。ピクルスをお供に連れて行く。
あじさいを見に行きたい
開成町あじさいの里にて開催中のあじさいまつりに行った。
開成は神奈川県足柄上郡に属する町の一つ。小田急の駅にもある。新宿方面から見て小田原の五つ手前。
東京の名門私立男子校、開成学園と何か関係が? というとそれはないみたいだが、名前の由来(中国の言葉「開物成務」)が同じらしい。
町の花はあじさい。町のマスコットキャラクターはあじさいちゃん。恒例あじさいまつりは今年で38回を数えるそうである。
わざわざ花を見に出かけるなんて風流な趣味はなかったのだが。ミドリに乗ってどこへ行こうかな、と考えた場合、四季折々の花の名所はちょうどいいデスティネーションなのだ。
開催期間は6月7日(土)~15日(日)。土日は避けたい、五十日(ごとおび)も避けたい、雨予報の日ももちろん避けたい。どのタイミングで行くか、日程を決めるところからゲームは始まっている。
そして、道順。開成駅ならスタンプラリーのため乗って行ったことがある。交通が激しく大型車も多い国道246号を、肩身の狭い思いをしながら新籠場という交差点まで歯をくいしばって走れば、ほぼ着いたも同然。あじさいの里も目と鼻の先だ。
けど、遊びに行くのに歯をくいしばって走らなくても、という気もしてしまう。これを機会に他のルートも開拓してみたい。
そこで、県道63号(相模原大磯線)を南下。金目川を左手に見ながら県道62号(平塚秦野線)を秦野方面へ。土屋橋を渡って金目川を越え県道77号(平塚松田線)へ、という道順を考えてみた。このルートをたどれば新籠場の交差点のごくごく近くまで、国道246を完全に避けて到達することができる。
キモは道のりの半分を占める県道77号。まったく未知のこの道がどんな道かによって、だいぶ運命が左右されると思う。でも、失敗だったと思えば、つまり、こんなことなら素直に246で来るんだったと思えば、帰りは246で帰るまでである。
ということで、出発、午前10時。
だいぶ夏めいてきたので、夏用メッシュジャケット、夏用グローブで行くことにした。
マダムと駐輪
足柄上郡中井町、大井町、松田町と郡部にぐいぐい分け入って行く県道77号。
いくら246を避けたからといって、こんなに違わなくてもいいだろうというくらい、人も車も少ないひっそりした道だ。
せっかく颯爽と夏用ジャケットで来たのに、鬱蒼とした木立にはさまれると、体感2、3℃気温が下がる気がする。
日野原記念ピースハウス病院という施設があった。「日野原」のお名前から思い浮かぶ人は一人しかいない。こんな静かなところにゆかりの病院があるのか。(※あとで調べたら、日本で最初の独立型ホスピスとのことであった)
射撃場もあった。神奈川大井射撃場。これなんかは絶対都会のど真ん中には造れない。
馬場もあった。馬が人を乗馬させていた。
そこを過ぎるとゆるい下り坂となり、眼下に市街地が開けてきた。それでもまだまだ道は終わらない。本当にあの市街に出られるのか不安になってきた頃、Googleストリートビューで予習した建設会社の看板が突然目の前に。県道77号の終点だ。
ここで左折、次の交差点を右折して、あじさいの里への道はいよいよ最終局面に。
お昼にはまだ早いけど、この先どれくらいお店があるかわからないので、通りかかったコンビニでおにぎりを調達しておく。
再び走り出してまもなく、前を行くJОGのマダムに追いついた。
私ですら「遅っ……」とじりじりする遅さ。スピードメーターが示す速度は概ね20キロ。なんかキョロキョロしていて、遅いばかりか怖い。ひと思いに追い越す度胸もなく、怖い怖い前見て前見てバックミラーも見て、と念じつつ極力接近しないよう気をつけて走る。
しばらくたって気がついた。こちらのマダムもあじさいまつりを見に来たんじゃ? あじさいの里はどっちか、道を探しているのだ。
とすれば、あわてず騒がずこのままついて行けば労せずして目的地に着ける可能性が高い。
マダムは私が曲がろうと思っていた河南沢の信号で左折した。やっぱりだ。
JОGの速度も上がってくる。この先の道に自信があるに違いない。
ところが、酒匂川にかかる立派な橋を渡りきったところで、マダムはウィンカーを出したと思うとあっさり右折して行ってしまった。
私が予習していたよりずっと手前。なーんだ、違うのか。他力本願ではいけませんね。
気を取り直して前進。駐車場案内の人がいっぱい立っている。いよいよこのへんだ。
けど、駐輪場は? もう少し行けばわかるかしら。と、前進を続けるうち、沿道には住宅や商店が増え、まつりの雰囲気が急速に薄れてきた。
行きすぎた。引き返した。逆方向から攻めるとまつり会場に近づく道がわかった。
ほどなく入口が見えてきた。「ようこそ! あじさいの里へ 開成町あじさいまつり」
だが二輪はどこに駐めればいいのか、依然わからない。
1台だけ、入口近くに大きいバイクが駐められていた。けどそこが駐輪場であることを示す張り紙などはない。そのバイクが迷惑駐輪をしているだけかもしれない。この時期、傘マークのつかない日は貴重で、平日にもかかわらずお客さんはひっきりなし。迷惑駐輪とすれば本当に迷惑だ。
入口の脇に会場案内図があった。ミドリを押して見に行ってみた。会場の中のことは詳しく描かれている。でも駐輪場については一切手がかりなし。
うーんどうしよう。
と、あらためてあたりの様子を見回してみたら、1台だけ駐められたバイクの隣に、見覚えのある原付を駐めようとしている人がいた。
JОGのマダムだ。
私とは違うアプローチで会場を目指していたマダムは、やはり駐輪場を求めて右往左往しながらここまでやって来たらしい。
「ここでいいんじゃないですかー? ほかにないですもんね」
「そうですよねー、駐めちゃいましょ駐めちゃいましょ」
2台では心細いが3台並べば強気になれる。結果からいうと、私があじさい見物を終えて戻ってきた時にはマダムのJОGはもうなくて、しかし二輪は4台に増えていた。入口付近には案内係と思しきスタッフの方の姿があったが、特に気にとめている様子もなし。なら「駐輪場」と1枚書いて掲示しといてくれれば世話なしなのに。初めての道を乗って来るより駐める場所探しのほうがよっぽど大変だったというね。
三人旅の始まり
あじさいの里は東京ドーム3.6個分といわれる広大な田園地帯。
田植えの済んだ田んぼとあじさい、実りの近いトウモロコシ畑とあじさい、茶畑とあじさい、いろんなハーモニーが楽しめる。
ざっと5千株というあじさいは色も品種もさまざまで、写真を撮る人もいれば写生にいそしむグループも。
中でも目を引くのが、開成ブルーというオリジナルあじさい。開花とともに淡い青から濃い青へと変化していくそう。その濃くて深い青が、ちょっと見たことがなくたとえようもない高貴な青で、時を忘れて魅せられる。
広場では猿回しのイベントが進行中。ほか、地元農産物の販売、飲食コーナーを兼ねたお休み処など。大変なにぎわいなのだが、それ以上に会場が広くて、混雑している気はまったくしない。
ひとしきり散策したあと、茶畑を見渡すベンチでお昼にしたけど、人なんてほとんど視界に入らず、景色を独り占めだった。
ベンチにはかえるのピクルスを置いた。
かえる業界では知られたマスコット、かえるのピクルス。いろんな大きさがあり、私のは体長12センチほどのてのひらサイズだけど、作りがしっかりしていてちゃんと座る。限定バージョンも折に触れていろいろ出ていて、私のは江ノ電コラボピクルス。6年ほど前、確か藤沢の江ノ電グッズショップで手に入れた。ミドリに乗り始める3ヵ月くらい前のことだ。
通(つう)はこのピクルスをお出かけに連れて行き、行く先々で写真を撮ると聞いたので、私もやってみたいと思い何度か実践した。だがミドリで出かける時に連れて行ったことはなかった。道順の予習で頭がいっぱいでピクルスどころではなかったのだ。
やがてコロナが来て外出控えめ生活となり、ピクルスも完全に部屋の飾りものに。今回、あじさい見に行くならかえるでしょ! と、5年数ヵ月ぶりに思い出してお供にした次第。ピクルスにとっては初めてのカブ旅となったわけである。
お昼を食べ終えると、ピクルス×あじさいの一人撮影会を開始。
小さくて軽いので、あじさいを傷めることなくちょこんと載せることができる。あじさいだけの写真もいいけど、ピクルスが入ることで楽しそうな写真になる。白いあじさいなんて、ピクルスを置けば白が引き立つという意外な効果も。
いや、連れてきてよかった。思い出してよかった。
最後にミドリのもとへ戻り、リアトランクの上やシートの上に置いて写真を撮った。
これからは三人旅もいいかもね。今日開拓した県道ルートで、246を怖れることなくもっとあちこちへ出かけられる。
ただ、汚したり失くしたりしたら取り返しがつかないので、運搬方法は考えないと。カブ旅にこんな課題が生じるとは思わなかったが、まずは研究だ。
episode 083 ウエルカムプラザにファイナルエディションを見に行く

★アラ還原付日記(仮)その6「50cc LOVERS FOREVER」の一部をご紹介しています★
2024年11月24日(日)
Hondaウエルカムプラザ青山へスーパーカブ50ファイナルエディションを見に。
日曜の都会なんて久しく出かけてないので忘れかけてたけど、電車といい街なかといい、混んでるのねやっぱり。
ファイナルエディションとキティちゃん
どこへ行っても混むに決まっている土日祝日は、なるべく家に引きこもるようにしている私だが、よりにもよって東京なんていう過密の権化みたいなところへ日曜に出かけて行ったのは、ほかでもない。
Hondaウエルカムプラザ青山に展示中のスーパーカブ50ファイナルエディション、およびハローキティ仕様が、今日を限りに公開終了となるからだ。
12月1日に迫った文学フリマ東京39を前に、いろいろとばたばたしていたら、あっという間に今日しかなくなってしまった。
せめて今月いっぱいくらい展示しといてくれてもいいのにと思うが、向こうも商売だ。本日、11月24日は、期間限定受注生産となるファイナルエディション(およびキティちゃんバージョン)の受付最終日。受付終了とともに展示も終了となるのはもっともなことで、一目見たいだけの者は見られるだけでありがたいと思わねばならない。
青山へはうちのほうから国道246号一本なので、根性があれば(かつ、駐めるところがあるものなら)ミドリで行くことも不可能ではない。けど、伊勢原、秦野以西でもよっぽど覚悟を決めないと怖くて乗れない246、東京方面へ乗って行くなんて百年修業を積んでも私には無理。大人しく電車で来た。電車も電車で混んでたけど命の危険までは感じないのが何よりだ。
東京メトロ青山一丁目駅五番出口すぐのHonda青山ビル。その1階にあるウエルカムプラザはすぐにわかった。
そういえば、カフェカブミーティングin青山というカブ乗りの祭典が毎年行われていると聞くけど、その会場がここだったんですね。
プラザ内は大変なにぎわいだった。こんなに大勢の人がファイナルエディションを見るために詰めかけているのか。
人混みを縫って奥へ進んでみると、特設コーナーに2台のカブが向かい合わせに置かれていた。
ボニーブルーのファイナルエディション。鮮やかな赤のハローキティ。キティちゃんバージョンは50と110が出るそうで、展示されているのは110だった。
ぱっと目を引くのは真っ赤なキティちゃんだけど、キティちゃんが鮮やかなほどにファイナルエディションの落ち着いた色合いがじんわりと心にしみる。
しかし、特設コーナーの周囲はエアポケットのように閑散として、足を止めているのは私だけであった。
人混みの法則
う……うん、まあ、そうですよね。世界のホンダはカブだけを製造しているわけじゃない。
そして広い世間は基本、原付なぞ知らないし興味もなく、何なら二輪すべてが同じ「バイク」に見えていて、50cc生産終了? それが何か。という話であろう。ミドリに乗り始めるちょっと前までの自分や、自分の周りの人びとがどうだったか考えてみれば明白だ。
じゃあ、今日のこのにぎわいっぷりは何なのかというと「F1ラスベガスグランプリ決勝レースパブリックビューイング&レーシングドライバー、F1ジャーナリストによるトークショー」というイベントが行われるそうである。
ホンダ車が出ているのでしょうね。これぞウエルカムプラザの本流というべきイベント。私はたまたまその入場受付開始直後に紛れ込んでしまったらしく、場に渦巻く並々ならぬ高揚の理由を初めて理解したのであった。
誰もファイナルエディションなんか見に来てないなら、むしろ好都合。あらゆる角度からゆっくり見られるうえ、思う存分写真も撮れる。
いずれ完成品が出回り始めれば、町で見かけることもあると思うけど、それはもう勝手にカメラを向けられない人さまの私物なので。これを最後に二度と新モデルは出ないぴかぴかのファイナルエディション、撮るなら今のうちだ。
スマホでパシャパシャやっていると、だんだん人が集まってきた。
おお、やっぱり見に来た人もいるんだ。
しかし混んでくると写真は撮りづらいので、いったん離脱。場内をぐるっと歩き回ると、グッズ売場があったので見てみることにした。
ホンダのロゴ入り雑貨やTシャツ、キャップ、ミニカー、文房具。
ファイナルエディションをデザインした記念キーホルダーがあったので買った。それと、スーパーカブのロゴステッカーも何枚か。
ひとしきり買い物を楽しんで、特設コーナーに戻ってみると、人の姿は絶えていた。
ラッキーと思ってまた写真を撮り始めると、また人が集まってきた。
もしかしてこれ、写真撮ってると混んでくる……?
もともとカブ目当てではない、F1イベントのお客さんが、開始時刻までのつれづれに、あそこに何かあるの? みたいに無意識に吸い寄せられて。
確かに! ZINEフェスみたいなイベントでも、人が熱心に立ち読みしているブースは何となく足を止めてのぞいてみたくなる。
カブ特設コーナーに足を止めた方たちが、F1イベントのついでに良いものを見たと思ったら私もちょっと嬉しい。「ファイナルエディションだって」なんて言葉を交わし合うひともいたので、心に残ったんじゃないかな。切ない響きがありますもんね。ファイナルエディション。
私も良いものを見ることができて幸せな日曜午後のひとときだった。
いつまでもあると思うな……
かくてファイナルエディション受注期間は終了したので、私にはいよいよミドリしかなくなった。
こうなってみると、買い替えなんて初めから考えてないと言いつつ、それはあくまで買い替えようと思えば買い替えられること前提で言っているにすぎなかったんだなと思う。
実際には、生産終了と同時にバタッと1台も新車がなくなるわけではないと思うけど。ミドリを買った時のように、町のバイクショップへ行って「スーパーカブ50くださーい。色は緑で!」なんてことは二度とできない。
カブに限らず50ccの原付なんて、自転車くらいありふれたものと思っていたのに、終わる時というのは来るものなんですね。
いつまでもあると思うな親と金、というけど、その2つに関しては、まあ、わかるじゃないですか。どんなものでもいつまでもあると思っちゃいけないというのが、今回のこの件から学ぶ重要な教訓だ。
3年後、5年後、原付の常識がどのように塗り替わっているかわからないけれど、ミドリには大事に大事に乗り続けていることを誓う。
(※ファイナルエディションは、計画の6倍近い1万1000台を受注したそうである。町で行き合うのが楽しみだ)
(※なお、この日訪れたウエルカムプラザは、4ヵ月後の2025年3月31日、Honda青山ビル建て替えのため閉館となった。1997年以来続いてきたというカフェカブミーティングin青山も、1024年10月の第27回をもって区切りとなったらしい。いつまでもあると思うな何もかも……)
(※そしてこの原稿をまとめている2025年10月、新基準原付スーパーカブ110Lite、スーパーカブ110プロLite、クロスカブ110Liteの発売が発表された。110とあるけどLiteなら従来の原付免許で乗れるそう。町で見られるようになるのはいつ頃でしょうか。何ならいっぺんだけ乗ってみたいけどどっかでレンタルできないかしら)
episode 077 小田原へ路面電車を見に行く

★アラ還原付日記(仮)その6「50cc LOVERS FOREVER」の一部をご紹介しています★
2024年9月10日(火)
定期点検の翌日ほど安心して乗れる日があるだろうか。
懸案の小田原行き決行。
路面電車が見たい
ここ3年くらい、小田原に行きたいと思っていた。
小田原城にほど近い、報徳広場に展示されている路面電車、小田原市内線202号を見るためだ。
1925(大正14)年製造。王子電気軌道、東京市電気局(東京都交通局)を経て小田原に迎えられ、小田原駅-箱根板橋を走った。1956(昭和31)年に市内線が廃止されてからは長崎へ。長崎電気軌道151号として70年代まで現役で走り、その後は「秋になると枯葉で車輪が滑らないように砂をまく役目」で活躍していたという。
2019年、引退・廃車が決定。
これが現存する小田原市内線最後の車両であることを知った有志の方々が、手を尽くして里帰り実現にこぎつけ、2021年3月、公開に至る。
その202号(151号)を見たいと、ずっと思っていた。
私は小田原に住んだことはない。小田原に路面電車が走っていた時代には生まれてもいない。
長崎の路面電車になら観光で乗ったことがあるが、小田原との縁なんて知りもしなかった。
なので特に思い入れがあったわけではない。
それが、コロナのさなかの2020年9月。たまたま、本当にたまたま、里帰り実現のため立ち上げられていたクラウドファンディングのサイトを目にしたのだ。
サイトに掲載された、古い路面電車の白黒写真に魅せられ、ほんの少額だけど支援の申し込みをした。その時、外出控えめ生活でPCばっかり見ていなかったら、そのようなサイトにたまたまアクセスすることもなかったかもしれない。
クラウドファンディングは成立した。
その年の暮れには長崎からトレーラーに載せて車両が小田原へ運び込まれた。
翌2021年2月には、リターン品もいただいた。オリジナルピンバッジと、往年の小田原市内線を写した貴重写真のポストカードセット。
その時点では、コロナの影響で、車両の公開日はまだ決まっていないとのことだった。が、3月12日、無事公開の運びに。
以来、きっと行こうと心に誓っていたのである。
ただ、自分が人間としてまだまだだと思うのは、路面電車を見るため「だけ」に行くのはなんかもったいないような気がしてしまうことだ。
路面電車が見たければ路面電車だけ見て帰ってくるほうが断然粋だと思うんですが。そういう美意識というか潔さがなく、どうせ行くならついでがないと、といつまでも腰を上げられない。
その「ついで」がついに発生したのが、この9月だったのだ。
ついでに遠征の予習をしたい
高校生の頃からいちばん大好きなロックバンド、シカゴ。
その8年ぶりの来日公演が、この9月、大阪で行われる。
東京でも、有明アリーナで開催されるブルーノート・ジャズフェスティバルへの出演が予定されているが、単独公演は大阪だけ。それも、一夜限り。うわぁ。何でも東京でやってもらえると思ったら大間違いだ。しばし懊悩したが、やっぱり単独は見逃せない。ということで、大阪遠征を決意したのである。
小田急沿線ディープ神奈川県民の私が東海道新幹線に乗るには、小田原停車のひかりを狙うのが最適解。新横浜のような巨大駅を人混みかき分けて歩くよりずっと楽に乗り換えられる。
ただし、小田原停車のひかりは本数が少ないので、乗り遅れると被害甚大。当日の失敗は許されない。
最後に小田原で新幹線に乗り換えたのは10年以上前の家族旅行。記憶に頼らず最新の状況を確かめておくべきだ。小田急の改札から新幹線改札口まで実際に歩いてみるのが最も確実。
ということで、ついに時は来た。
大阪遠征のスケジュールを決め、行き帰りの新幹線を「えきねっと」で手配。
小田原への道順と、ミドリを駐めておける場所の確認。
そして、小田原市内線202号が展示されている報徳広場の場所の確認。
小田原城の駐輪場に駐めさせてもらえば、小田原駅へ行くにも報徳広場へ行くにも便利そうだ。もちろん城址公園も散策することとして、一石三鳥。
盛りだくさんな一日が始まりそうでわくわくする。
小田原出身の超有名人
正午出発。とりあえず国道1号線に出れば小田原には絶対着くので、さほど不安はない。
むしろ小田原市街に入ってからのほうがまごついた。小田原城の駐輪場目指して右折しようとして、ただの二車線道路なのに二段階右折してしまった。あうぅ。違反。しかもその信号は予習していた右折ポイントではなかった。いつまでたってもこんなんばっかりだな自分。
何とかたどり着いて午後1時20分。案内所の方が誘導してくれて無事駐輪できた。着いてみれば思っていたより全然早かった。近いぞ小田原。
小田原城址公園にはもう20年近く前、今は社会人の息子が小学校1年生の頃に家族で来たことがある。
当時はゾウがいた。今はもう動物はいないそうだ。
園内には遊園地もあって、豆汽車などが走っていたと思う。それは今もあるようだ。なつかしい思い出だが、もう一度見てみたいとまでは思わないかな。それよりお昼がまだなので、天守閣を見上げる本丸茶屋で冷やしたぬきそばの昼食。チョロチョロと目の離せない子ども連れではとてもこんなところでくつろぐことはできなかった。時の流れはありがたい。
散策しながら北入口を抜けて小田原駅へ。
まず、えきねっとで手配した大阪遠征の切符を指定席券売機で発券する。手配はネットでできても、発券はJRの駅に行かないとできないのが、私鉄沿線民にはやや手間。今は紙の切符じゃなくても、eチケットとかいろいろ賢い方法があるのかもしれないが、私にはえきねっとが最もススんだやり方で、これ以上の進化にはまだついて行ってない。
それから小田急線改札口へ。今、小田急を降りて改札を出たつもりになって、新幹線への乗り換えの予行をしてみる。左へ行けばJR改札。が、つられてはならない。右へ行けば新幹線のりばに直接上がれる改札口がある。
いくら予習しても間違った信号で間違った右折をしてしまう私のこと、徒歩だって油断できない。新幹線改札口まで一歩一歩、自分の足で踏みしめ、確かに新幹線改札口があることを自分の目で確認して、ようやく遠征のスタートラインに立てたといえる。
ちなみに小田原駅には二宮尊徳(金次郎)像があった。薪を背負って本を読みながら歩く例のあれだ。なぜこんなところに、と思ったら、二宮尊徳は小田原の出身なのだそうだ。
へえ~そうなんだ。二宮尊徳がどこの人かなんて考えたこともなかった。全国津々浦々の小学校に銅像のある人、としか。でもそういえば小田原の隣には二宮という地名もあるし、何か関係あるのかな、くらいの興味は持ってもよかったように思う。
それでだんだんつながってきたのだが、これから訪れる本日の最終デスティネーション、報徳広場。
高校野球で有名な報徳学園という学校もあったけど……? と思って調べてみたら、報徳学園の教育目標が二宮尊徳の思想の根幹とされる「以徳報徳」ということだったのですね。
その二宮尊徳が小田原出身だというのなら。
小田原に報徳広場があったって何の不思議もないじゃない。
そうか、そういうことか。基礎的な教養のある人なら「うん、知ってた」というようなことだと思うけど。教養、なければないで、アラ還過ぎてもへえ~へえ~と驚けることがいっぱいで刺激的だ。
路面電車が見ていた
報徳広場の場所はとてもわかりやすかった。
大通りに面した広場から、黄色と水色のツートンカラーの電車が首を出して往来を見てるんだもの。おお、あれが、と一目でわかる。
その大通りこそ、かつて小田原市内線が走っていた国道1号線。一緒にお客さんを運んだ仲間はもう誰もいなくて、202号だけが百年の命を得てここにいる。
道行く人からよく見えるように、だけじゃない。202号からも道がよく見えるように置いてあげたのかな。きっとそうだなと思うとぐっとくる。
車内も自由に見学できた。ミニ博物館のようになっていて、車両の経歴書を始め、貴重写真の数々、長崎電気軌道151号として愛された姿を伝える資料などが展示されている。
フロアにはテーブルが設えられ、イベントにも利用できるよう。
202号はまだまだいろんなお仕事をして人びとの役に立っているのだ。
広場にはおしゃれなカフェもあった。そこで202号帰還記念ステッカーを販売しているとのことである。ステッカーを買うためだけに入るのも気がひけたが、快く売っていただけた。
またの機会にはここで優雅なティータイムをきめたい。
そのあと小田原城の駐輪場からミドリを請け出し、大通りに出て報徳広場の前を通ってみた。
202号が見ていた。
いいなあ、路面電車。ミドリで来られたのがなおいい。202号が眺める往来の風景の一部になれたことがとても嬉しい。
かくて3年越しの宿願は果たされた。
今日という日をもっといい思い出にするために、大阪遠征の新幹線にはきっと無事乗らなければならない。
(※無事乗れた)
その6のためのはじめのことば

★アラ還原付日記(仮)その6「50cc LOVERS FOREVER」の一部をご紹介しています★
クルマにもバイクにも何の興味もなかった超絶インドア派の私(神奈川在住・女)は、ふとしたきっかけから50代も半ばを過ぎて原付免許を取得。2019年9月、HONDAスーパーカブ50に乗り始めた。
緑色のカブなのでミドリと名づけた。
「アラ還原付日記(仮)」シリーズは、思いがけなく始まったミドリとの日々を1年ごとにまとめた実録である。本書『その6 50cc LOVERS FOREVER』には6年目(2024年9月~2025年8月)のことが書いてある。各エピソードに振られた#***という番号は、「その1」からの通し番号である。全体に大したことは書いてないので、どこからでもお読みいただけると思う。
FOREVERなんていうと最終巻みたいだが、全然そうではない。10年くらいは乗るつもりなので、まだシリーズは半ばである。
終わりを迎えるのは50ccの原付だ。
排ガス規制の強化により、規制をクリアできない排気量50cc以下の原付は、2025年10月をもって生産終了となる。私の乗っているスーパーカブ50もこれにあたる。生産が終わるというだけで、今ある車輛に乗れなくなるわけではないが、新車の供給が絶えればいずれ消えゆくことに変わりない。
従来の50ccに代わる新基準原付も、この12月には発売になると伝えられるが、大きさ、重さ、価格などの面でどういう感じになるのか、この原稿を書いている時点ではまだよくわからない。
私がだいぶおばさんになってからにわかに原付ライフを始めることができたのは、ひとえに、50ccの身近さによる。そんな身近なものの歴史が、自分が乗っているうちに終わるとは思ってもみなかった。
ミドリには、ただただ、このまま元気に走り続けてほしいと願うばかりである。ミドリとの珍道中、まだまだ「その7」「その8」……と書き継いでいきたいので。
そのためには、安全第一。無事に帰れればそれが何よりと肝に銘じるのみ。
そんな「原付日記(仮)」です。よろしくお願いします。
2025年11月 青夏