アラ還原付日記(仮)

カブに乗ったらこうだった! 制限時速30kmで考えるアラ還からの生活。文学フリマ東京に出品する『アラ還原付日記(仮)』の試し読みブログです。

episode 047 カブ健康法の試み

★アラ還原付日記(仮)その3「明日の旅へカブで行く」の一部をご紹介しています★

2022年2月28日(月)
先週行きそびれた七沢森林公園へ。公園といっても、事実上、山。眺めのよいスポットを求めていい運動をした。

疲労困憊の正体

ミドリに乗るとものすごく疲れる。

さすがに3年目ともなると、慣れた道ならさほど神経をすり減らさず走れるようにはなった。
距離的にも、片道20キロ内外ならそんなに負担には感じなくなってきた。

乗るのが楽しみでたまらないのに、反面、億劫でつい出かけそびれるということも初期にはよくあった。迷走、違反、事故、悪いことばかりが頭に浮かび、気が重くなってしまうのだ。今もそういう気分の時がないではないが、出かけそびれるほどではない。

しかし、ウッカリ小学生の下校時間帯にかち合ってしまったりすると緊張MAX。
何度も来てるはずの道をまた間違えると激しく自己嫌悪。
交差点で右折にモタつけば胃が痛くなり、慣れるということがない。
買い出しのたび荷物は相変わらず重く大きく、ようやく帰り着けば肉や野菜を冷蔵庫にしまう気力も残っていない。

疲れる。

だが、そのわりに、運動にはなっていない。

だって、疲労困憊するのは主として「気」であって「体」ではない。
買い出しの荷物がどんなに重いといったって、運んでいるのはミドリであって、私が動くのは積み下ろしだけ。
ちょっと遠出をすれば、帰りにはお尻が痛くなったりもするけど、それもべつに運動したからではない。むしろ座りすぎの影響だ。
ひょっとしてこれ、ミドリに乗れば乗るほど運動不足になるといっても過言ではないんじゃないかしら。

乗れば乗るほど運動不足

そう気づいた時はけっこう衝撃だった。
基本、インドア派で、体を動かすことも好きじゃない私にとって、これまでの人生、ミドリに乗るほどアクティブな趣味はなかった。本や漫画を読むよりも、ドラマや映画を見るよりも、ミドリに乗って出かけるのがいちばん運動量の多い趣味であることを一ミリも疑っていなかった。週に2度乗れば週に2度、週に3度乗れば週3度、「定期的な運動を続けている」くらいのつもりでいた。

けど、それなら1年目より2年目、2年目より3年目と、足腰は丈夫に、体は疲れにくくなっていなければ嘘である。初めは重くて取り回しも四苦八苦だったミドリを、もっと自在に取り回せるようになるはずだし、押し歩きだって少しは楽になるはずだ。

ところが、そうはなっていない。
それどころか、何かの場合にほんの数メートル押し歩くだけで、あー、足腰鍛えないとダメだなという思いが胸をよぎるのだ。
押し歩き中に足がもつれたらひとたまりもなくこける。そんな危険をひどくリアルに予感するのだ。丈夫になってるどころか不安になってるよ、足腰。

まあそうですよね。
ミドリが来てから、自転車にあまり乗らなくなった。電車で行ったほうがよっぽど早いところにも、ミドリで行かれる限りはミドリで行くようになった。
うちの自転車は電動アシスト付きで、もともと大した運動にはならないのだが、それでも、漕がなきゃ進まない。
電車で出かければ、最低限、駅まで10分は歩く。
それが日常的な運動のほとんどすべてだった私が、それすらしなくなってしまった。というのが、ミドリに乗り始めてからの2年余りの真相だったのである。

そういえば、思ってたな。
漕がなくていいから原付は自転車より「楽」。
電車に乗るために駅まで歩いたり、乗り換えのために階段を上り下りしたりするより、原付移動のほうがずっと「楽」だ、って。
わかってたんじゃないの自分。どこが定期的な運動だ。何という都合のいい誤解だったんだ。

両立の極意

だからといって、ミドリに乗るという趣味に足腰を鍛えるというミッションまで加わったら、時間がいくらあっても足りない。

なにもジム通いを始めるとか、走る、泳ぐなど、いきなり難行苦行にチャレンジしなくたっていいのかもしれない。スクワット、ダンベル、ちょっと考えただけでも自宅で気軽にできそうなトレーニングはいろいろ思いつく。
最近はYouTubeで自分に合ったトレーニング動画を探し、日々こつこつと実践、なんていう話も聞く。

しかし、体を動かすのが嫌いな者にとっては、たとえ3分間のストレッチだって立派な苦行なのだ。それすらイヤだからこそ、体を動かすのが嫌いだと胸を張って言えるのだ。
そんな暇があったらミドリに乗って出かけたい。寒いしまだまだ日は短いし、時には雪予報も出るしでつい出かけそびれがちなこの時期、何度か先送りにしてしまった七沢森林公園へ、2月中に行っておきたい。

ということで、2月最後の日にミドリを駆って訪れた七沢森林公園は、厚木市の山寄り、東丹沢の麓にある広大な県立公園だ。
どれくらい広大かというと、昨秋コスモスを見に行った、ど真ん中を自然の川が流れる秦野戸川公園の倍近くも広い。
雑木林ありバーベキュー場ありアスレチック広場あり、陶芸などが楽しめる体験施設あり。春の行楽シーズンになればもっと賑わうのだろうけれど、今は人や車の出入りもほとんどなく、バイク駐輪場もミドリが独り占めだ。

何かが見たい、という特別な目当てはない。ミドリに乗って行くこと自体が目標であり目的。七沢森林公園はうちから片道概ね18キロ。途中でお弁当代わりの軽食を仕入れ、ちょっと散策して遠足気分を味わい、日が落ちる前に帰ってくる、そんな一日をすごすのにちょうどいい距離だ。

まだ2月のうちとはいえ、家の中より外のほうが暖かい季節になっていた。
花の季節には早いと思ったのに、山桜や菜の花はもう咲いていた。
どうせ一日で回りきれる広さではないので、適当に散策しながら、ランチタイムにできそうな場所を探すことにした。

……が。

きつい。

軽い気持ちで歩き始めた上り坂がどこまで行っても終わらない。
これ公園じゃないよ、山だよ。
そりゃ、公園より先に自然の地形というものがあったんだから、平らで歩きやすい散策路ばかりじゃないのは当たり前である。にしたって、よくこんなところに公園造ったな。

なんかもう意地になってきた。
こうなったら上りつめたといえるところまで上ってやる。
「サルに注意」の看板を横目に上へ。
上へ、上へ、上へ。

突然、視界が開けた。「ななさわの丘」という丘だった。
丘か。山じゃなくてか。標高160メートル。今の私の体力では、高尾山(599メートル)に登りきったくらいの達成感だ。
ベンチに腰かけ、やっと軽食にありついた。周りにはもっと高い山があり、眼下には意外と近くに市街地があった。

疲れた……。

ずいぶん長いこと忘れていた。これだよ、「疲れた」って。体を使って「疲れた」って。

できるかもしれない。ミドリとトレーニングの両立。
往復はミドリに乗ることを楽しみ、行った先でせっせと歩いて足腰を鍛える。いうなればカブ健康法。家じゃ3分間のストレッチだってイヤな私でも、それなら実践可能では。
というか、それしかないんじゃないですか? 人生のラストチャンスに始めた原付ライフ、10年は乗りたい、と本気で思うなら。