アラ還原付日記(仮)

カブに乗ったらこうだった! 制限時速30kmで考えるアラ還からの生活。文学フリマ東京に出品する『アラ還原付日記(仮)』の試し読みブログです。

episode 004-2 原付免許は取れるのか。 ~納車まで937日[後編]

★アラ還原付日記(仮)その1「崖っぷちペーパー原付ライダー、スーパーカブに乗る」の一部をご紹介しています★

 

結果発表ののち、合格者は再び試験室に集められ、午後から始まる原付講習の受講手続をした。

講習は、実技と座学。合格・不合格はないが、受講しなければ免許証は交付されない。時間がない人、証紙代(受講料や免許交付手数料)がない人、体調の悪い人、妊娠中の人は受講できない旨、説明を受ける。
それと、時間厳守。集合時間に遅れたら受講させません! と厳重に釘を刺されていったん解散。

そのわりには集合場所で15分余り待たされた末、午後の日程が始まった。

満点合格 その栄光と挫折

まず写真撮影。
初めて免許を取る人あるあるではと思うのだが、申請書に貼る写真を免許証にも使うと思って、めかし込んで撮ったりしませんでした? 私はそうだった。それが何の役にも立たないばかりか、ものすごい流れ作業で身なりを整える暇もなく、悲惨な免許証写真を撮られることになろうとは。

しかしこの時、ひとつだけ良いことがあった。
写真撮影の直前、申請書をいったん返される。そこに先ほどの学科試験の点数が記されている。
それが、なななんと、満点! ネットや参考書の模擬試験を何度やってみても、合格点に届くのは3回に1回くらい、最高でも50点中46点しか取れたことがなかったのに。

考えようによっては、筆記くらい満点が出せなくてどうするという話でもある。
だって、これから始まる実技講習がどんなにガタガタでも免許証は交付されてしまうのだ。今日から乗っても合法なのだ。自分で取っておいて言うのも何だけど、こんな怖ろしい運転免許がこの世にあるだろうか。

とはいえ、原付=原動機付き自転車。子どもの頃から遊びに、通学に、大人になってからは買い物に保育園の送り迎えにと縦横無尽に自転車を駆使してきた自分には、それほどまでにむずかしくてどうにもならないことはないのでは……?

とんでもなかった。

その直前までは、まだしも、息子といくつも違わない男子たちの動向を興味津々とうかがう余裕もあったのだ。
みんな講習なんてすっ飛ばして、早く乗り回したくてうずうずしてるんだろうと思いきや、自転車にも乗れないことをおずおずと申告している子もいたりした。
うちの息子も自転車は怪しいなぁ。テレビの前に寝そべってお笑いのDVDを見るのが何よりの幸せという超絶インドア派だからな。むしろ「バイク乗りてぇ」とかいって困らされてみたかったよ……てなことをのどかに思いめぐらしていたのである。

が、講習が始まるや状況は一変。他人が何をしていたかなんて一切記憶にない。
自分が何をしていたかも記憶にない。
何がむずかしいって、そもそもスクーターがダメですわ私。自転車になんて似ても似つかない。足をあの平らなとこに載せて、いわば椅子に座った状態で進んだり止まったりとか無理。倒れる。

乗っている間じゅう、わーっ倒れる倒れる倒倒倒倒倒っっっ!! と、頭の中が「倒」の字の嵐。
「何やってるんだー」「どこ行くんだー」という教官の声がどこか遠くから追いかけてくる。

次に周りが見えたのは実技終了後。座学講習の会場に移動しながら、
「上の免許も欲しくなっちゃいますよね」
と語り合う女性2人の姿であった。
ほぇぇ。今の実技講習を経て、さっそく、もっと大きいバイクに乗ってみたくなったのか。
それが若さということなら、さっき自転車にも乗れないとオドオドしていた男子だって、今頃はもうすっかり自信をつけてるかもしれないな。

北の大地バイク旅の妄想はいつの間にかどっかへ消えていた。

原付祭りの終わり

小一時間にわたる座学講習のあと、最終的に免許証の交付を受けたのは午後4時30分頃だった。

それまでには私も平常心を取り戻していた。
そもそものきっかけを振り返れば、「普通免許を取る」という目標が現実的かどうかを探るための原付免許。大目標の前の小目標をクリアできたのは上出来だ。生まれて初めて運転免許と名のつくものを持てたことも、単純に嬉しかった。
とりあえず、うちへ帰って夫と息子に自慢することにした。

原付試験を受けることは、落ちたら恥ずかしいので家族には内緒にしていた。
受かったからといって、特にほめられることもあるまいと思っていた。
夫とは学生時代からの付き合いで、車にもバイクにも1ミリの関心もないことはよくわかっていたし、息子に至っては自転車にすら興味のない超絶インドア派。「ふーん」と一言相づちを打ってくれればいいほうかな、と。

豈図らんや、男たちの食いつきはすごかった。
「そ、それは俺にも取れるのか?!」と身を乗り出してくる夫。定年退職を半年後に控え、社員証を返却すると身分証明書がなくなってしまうことを心配していたようだ。1日で取れる運転免許があるなら、取っておくにこしたことはない。

だがそれ以上に食いついてきたのは息子だった。

「オレも免許欲しい! 車の運転してみたい」

え。車。
君がそんなことを考えていたとは知らなかったよ。
「危ないからダメ」と言われると思って黙っていたそうだ。それは気の毒なことをした。じゃあ、大学生になったら教習所に通えば、と言うと、息子は大変嬉しそうであった。

ふっ、と夢からさめたような気がしたのはその時である。

免許は息子が取ればいい。
それがいちばん自然なことに思えた。
危ないからダメなのは今や親のほう。還暦目前の夫がもし本気で原付免許を目指し始めたら、あの実技講習を思うだけでも危なっかしくてしょうがない。私も紙一重だったのだ。
ましてや普通免許なんて。よく取ろうなんて考えたな自分。
いつか息子が独立し、夫と2人どこかへ引っ越す時が来たとしても、「徒歩10分の呪い」とともに生きていけばいいじゃないの。安全第一、命あっての物種だ。

かくて普通免許チャレンジは永遠に封印。原付免許も封印が確定した。
私の原付祭りは終わった。
と、少なくともこの時は思っていた。