アラ還原付日記(仮)

カブに乗ったらこうだった! 制限時速30kmで考えるアラ還からの生活。文学フリマ東京に出品する『アラ還原付日記(仮)』の試し読みブログです。

episode 028 菜の花台目指して246に挑む

★アラ還原付日記(仮)その2「生まれ変わってもカブに乗れたら」の一部をご紹介しています★

 

2020年11月13日(金)
宿願の! 菜の花台に! 行ってきた!!(五七五・笑)

遙かなる菜の花台

菜の花台は、神奈川県秦野市丹沢大山国定公園の一角にある展望スポットだ。国道246号線から名古木という交差点で県道70号に入り、ヤビツ峠へ向けてひたすら上っていくとその途中にある……らしい。

246を50ccの原付で走り抜く。
そんな根性は私にはない。
なので、246からどう行くかという情報は役に立たない。いかに246を使わないで行くかが問題だ。

去年行った震生湖がそうだった。
同じ秦野にある震生湖は、菜の花台と同様、県央の我が家からは名古木まで246で行くのがいちばん手っ取り早い。でもそれはできないので、ああでもないこうでもないと非246ルートを工夫した。そして、過去最大級の迷走の果て大都市平塚に迷い込んでしまい、万事休すとなってすごすご引き返した。
それでもやっぱり246で行こうという発想だけはなく、日を改めて同じ道順で再チャレンジ。2度目にしてようやくたどり着けたのである。

それはそれで、思い出深い旅ではある。が、また行ってみたいとは、正直思えない。あんな難儀は一度で十分だ。
菜の花台も、それくらい難儀な行き先だった。
何でそんなところにそんな魅力的なスポットがあるのか、まことにしゃくである。

ところがその後、諸先輩のブログやネット記事から、246も厚木あたりまでは殺人的交通量だけれど、伊勢原以西なら何とか走れるようになるという情報をキャッチ。
菜の花台。目指してみよう、と決意したのはそれが決め手だった。

もっと遙かなる菜の花台

とはいえ、246に出られるところまでは、非246ルートを模索せねばならないことに変わりない。
座右の書、ライトマップルを広げてみると、県央から伊勢原へ行くのはそんなにむずかしくなさそう。相模川を渡り県道63号をとらえて厚木市内を南下すると、伊勢原との市境を越え246と交わるまでひたすら直進でいいようだ。
けれど、安心するのは早い。
震生湖だってライトマップルで予習すれば行かれるつもりだったのだ。なのに迷走したのだ。
私に足りないものは何だったのか。

予行演習だ。ここまで来れば何とか、と見通しの立つところまで、実地に走って道を確かめておくことだ。迷走に1日、再チャレンジに1日費やすくらいなら、予行に1日、本番に1日費やすほうがずっと建設的だ。

天気予報と相談して日程を決め、予行に出かけた。
迷走した。
厚木を経て伊勢原に入り246に出るはずが、予習した右折ポイントが見出せないまま厚木市街に突入しゲームオーバー。何だろう、この既視感。震生湖行きで迷走した時がこうだった。あれ~右折するとこまだかな~ととまどいながら直進し続けた末、平塚市街に迷い込んでゲームオーバーだったのだ。
それから1年になろうというのに。進歩なさすぎ。

罠との闘い、時間との闘い

いや、進歩ならあった。予行演習をした。予行なんだから、迷走は失敗じゃない。原因をつきとめ、本番の糧とするまでのこと。
何で右折ポイントを見落としたのか。ストリートビューで復習してみると、衝撃の事実が判明した。その信号には、対向車線側から見ると、予習したとおりの交差点名が書いてある。しかし私の側から見ても、何も書いてなかったのである。

えぇー。こんなこともあるんだ。公道に罠は尽きまじ。
無事246に出られるまで、この先にもまだまだ、いろんな罠やフェイントが仕掛けられているのであろう。できればもう1回、予行に行きたい。

だがしかし、去年学習済みのことではあるが、秋は天気が悪い。意外と悪い。「秋晴れ」なんて言葉があるもんだから、ミドリに乗り始めるまで半世紀以上騙されてたけど、我が神奈川の場合でいえば、梅雨時より秋のほうがよっぽど降水量が多い。
1回目の予行さえ、雨雲の隙間を突いてやっと出かけることができたのだ。こんなペースじゃ肝心の本番にいつ出かけられるかわからない。

もう1つ。夏に第2波のピークとなった新型コロナウイルスは、8月後半から次第に下がり、9月、10月と小康を保っていた。これがまた冬に向けて再々拡大し始めたら、遠出なんか諦めて家にいたほうが身のために違いない。
行くなら今のうち。事態は私が思っているよりずっとシビアな時間との闘いかもしれないのだ。

よし。行こうミドリ、菜の花台へ。また迷走しちゃうかもしれないけど。人生は予行のためじゃない、本番のためにある。菜の花台が遠かったのは道がわからないからじゃない。出発しなかったからなんだ。

本番は未来への予行演習だったのだ

予行でつまずいた右折ポイントは無事クリアした。
それでも正しい道を行っている確信は持てなかった。
大丈夫、合ってる。と思っても、しばらく進むとやっぱり怪しい気がしてくる。
無事246に出られたのは、案内標識を参考に半信半疑で進んだら結果的に合っていたという幸運の積み重ねだった。

考えようによっては、いや、よらなくても、案内標識を見て進んだら合ってなきゃおかしい。
けれど、私はごく最近まで、そもそも案内標識を見るということができなかった。
運転中、目の高さより上に視線を向けるなんて、怖くてできない。
それをいうなら信号だって目より上だが、信号は見ないと大惨事。それに対し、案内標識は見なくても死なないし違反でもない。命にかかわらないものにまで目を配る余裕はとうていなかった。
それを見ることができ、しかも、走りながら適切な判断をして、正しい道を進めるようになったなんて。艱難辛苦の賜じゃないか、ミドリ。

246に入ってしまえばあとは名古木で右折するのみ。
恨み重なる右折ポイントだが、名古木は大きな交差点で見落としようがない。
ちなみに交差点のローマ字表記はNaganukiとあった。ながぬき。それは読めない。勉強になった。

県道70号はよく整備された走りやすい道で、民家も多く、先に峠があるなんて想像がつかないほど開けていた。
だが蓑毛橋という橋を過ぎると様子は変わってくる。
一本道なので迷うはずはない。そう思うと気は楽だけど、道はどんどん細くなり、「動物が飛び出すおそれあり」の標識を初めてリアルで見るなど別の意味の心細さが。進行方向左が崖っぷち側なので、気をしっかり持たないとふらふらそっちへ寄って行ってしまいそう。景色を楽しむどころじゃない。こんなところで事故ったら誰にも見つけてもらえない。
車は少ないが自転車はよく見た。ああ人がいる、と心強かった。
ロードバイクっていうの? 速いですよね。上り坂なのにどんどん追い越していく。こっちは原動機で走ってるのに、経験したこともない長い上りで失速気味だ。
いいよミドリ、ゆっくり行こう、前だけを見て。景色を楽しむのは目的地に着いてからでいい。

ある地点を越えたらすぅっと空気が変わった。
山の空気だ。温度、湿度、匂い、一呼吸ごとにわかる。
なるほどー。目に見えるものがすべてじゃない。肌身に感じるものっていうのがあったんだ。

正午過ぎ、菜の花台到着。
眼下に秦野市街、遠く相模湾、展望台からは意外な近さで富士山が。
ずいぶん上ってきたなぁ。私たちがんばりましたよね、ミドリ。

バイクは、専用の置き場はないけど、20台分ほどある駐車場の空いてる枠に適宜駐めて問題なしだった。
もっと上を目指して行く車やバイク、そして自転車も多いようだ。この菜の花台は、目的地というより中継地、休憩ポイントという役割なのかもしれない。

いやもうここまでで十分です、私は。本番当日なんて添えものにすぎないくらい長い道のりだったしね。
でも今回は、一度で十分、とは思ってないかな。また来ることもあるかもしれないし、もっと上まで行ってみたくなるかもしれない。
ある意味、今日は、ほんの予行演習。本当の本番はまだ先かもだ。