アラ還原付日記(仮)

カブに乗ったらこうだった! 制限時速30kmで考えるアラ還からの生活。文学フリマ東京に出品する『アラ還原付日記(仮)』の試し読みブログです。

episode 006 ペーパー原付ライダー、カブを買う ~納車まで11日

★アラ還原付日記(仮)その1「崖っぷちペーパー原付ライダー、スーパーカブに乗る」の一部をご紹介しています★

 

それまでの人生、車やバイクに夢も憧れも抱いたことのなかった私は、本っっっ当に何も知らなかった。
どれくらい知らなかったかというと、原付講習で乗ったようなスクーター、あれは「スクーター」であって「バイク」とも「原付」とも違う乗り物だと思っていた。
そこまで深刻な無知はさすがに解消したものの、「原付」といってまず思い浮かぶのは、やはりスクーターではなかった。

昭和30年代の昔から町のそこここを走り回っていたアレ。
「オートバイ」というのはこういう形の乗り物と最初に刷り込まれたアレ。
アレだ。

スクーターは無理と実技講習で思い知ったので、乗るならますますアレでなくてはならなくなった。

Googleに「原付」と入れてイメージ検索。

そうそうそうっ。
これよ、これ。

HONDAスーパーカブ

初回更新者講習の教え

免許証を更新したら、その足で原付を買いに行く。
そう決めた私は、ネットを駆使して免許センター周辺のバイクショップを探した。
「その足で」とはもののたとえであって、必ずしも免許センター周辺に限定しなくてよかった気もするが、そう気づくより前に、よさそうなお店が見つかった。
いわゆる町のバイク屋さんで、ホンダの正規販売店。サイトに「新車セール」というページがあり、そこに、まさしく私の求めるスーパーカブ50が掲載されていたのである。

「セール」といっても他店と比べてどれくらい違うのか、正直、わからない。
よさそうなバイクショップ・そうでもないバイクショップの基準も実はよくわからない。本体価格と諸手続の料金、支払総額が明記されているので、まぁ普通に考えて明朗会計だろう、というのが判断材料のすべてだ。

さっそくそのページをプリントアウトし、スーパーカブ50の画像をマルで囲んだ。
免許更新に行く日も、そのお店の営業日を確かめて決めた。

そして当日。

2時間にわたる初回更新者講習は、もちろん真面目に受けた。
希望者には旧免許証を返却してくれるそうなので、それもお願いした。この年、年号が変わって4月から令和となったため、免許証の有効期限が「平成31年9月28日」という存在しない日付になっている。記念になるからというのもあるが、いやいやそういうことじゃないでしょ、初心を忘れないためでしょ、と己を戒める。

この日の受講ノートには「ひき逃げ」の文字が赤で大書されている。とにかくそれがいちばんやってはいけないことと何度でも教育される。ひき逃げなんて、これまでの人生では、される心配はあってもする心配はゼロだった。たとえ原付といえども、運転する以上は、背負うものが違うことを痛感する。

そこで気がついたのだが、アラ還にしてそんな今さらなことを初めて痛感している超初心者に、はたしてバイクショップは原付を売ってくれるのであろうか。

ドキドキしながらお店の入口に立つ。
こ、こっちにだって更新したてのほやほやの有効な免許証があるんだし……だだ大丈夫だよね……「あんたみてえな危なっかしいおばさんに売る原付はねえ!」なんて気難しそうな親父さんに塩まかれたりとかしないよね……。

スーパーカブください!

応対に出てくれたのは女性の店員さんだった。とりあえず、気難しそうな親父さんではなかった。
親父さんも何も、お店にはその店員さん以外誰もいなかった。そして、その店員さんも、そこそこ素っ気なかった。女性だから店員というのはもしかしたら私の偏見で、実は気難しい店主だったとしてもべつにおかしくはない。

「あ、あの、ホームページに載ってるこの原付が欲しいのですが……」
「はい。色は」
「みみ緑を」
「あるかどうかお調べします(カチャカチャ)。ありますね」
「では、そ、それを」
「ありがとうございます」

あっさり。

何のドラマ性もなくて張り合いがないくらいあっさりと話は進んだ。
最低限、免許証の確認くらいはされると思っていたのに、それもなし。考えてみれば、買うことと乗ることは別問題なので、免許がなくたって買うだけは買えるのかもしれない。

店内には所狭しといろいろなバイクが並べられている。しかしセール対象車輌の展示はなく、現物との対面は納車当日までお預けとなる。
実感がわかないまま、ヘルメット、グローブといろいろ相談しながら揃えていく。
荷台に箱を付けたいのですが、と言ったら、ちょうどヘルメットが収まるくらいのリアトランクをすすめられた。もう少し容量が欲しい気がするけど、あまり大きいと荷物が入りすぎて、重くなって危ないという。なるほどと思い、おすすめに従う。
店員さんは素っ気ないけど教えてくれることはもっともなことばかりだった。
しかしグリップヒーターのおすすめはちょっと考え込んだ。未だ残暑の衰える気配もない9月半ば、寒くなった時のことまでは想像がつかない。というか、暖かいものを想像するだけでぐったりだ。なので、それは寒くなってからあらためて検討することにした。

ということで、もろもろトータル239,439円を支払い契約成立。
納車は8日後、9月20日(金)ということに。

ここで思い至ったのは、

「え……乗って帰るの?」

もっといえば、

「乗って帰れるの?!」

という問題であった。

お店から自宅まで概ね15キロメートル。そんな距離、電車やバスでしか移動したことがない。市境を越えれば自転車で慣れ親しんだ道もあろうが、そこへたどり着くまでには、厚木街道と呼ばれる長~い県道を延々と走らねばならない。

「初心者が無謀でしょうか?」

意見を求めると、店員さんは言下に答えた。

「練習になっていいんじゃないですか」

それがバイク屋さんの定型文らしいことはあとで知った。